2011 週刊文春 10/13号

ma_20111005

週刊文春 2011年10月13日号

文春図書館 活字まわり
「世界の全ての記憶」 植島啓司 9

 あなたはどんなときに他人に嫉妬を感じるだろうか。フランスの女優のジャンヌ・モローは、M・シャプサルによる「嫉妬」にまつわるインタビューで、どんな時に男に嫉妬を感じるかと聞かれて次のように答えている。
 以前、わたしが愛していた男性が、たしかドイツとオーストリアを旅行して帰ってきたとき、わたしにこう言ったわ。「ぼくは今まで一度もきみを裏切ったことはない。ただ、もし裏切ったら必ずきみに打ち明けるっていつでも言ってるだろ。実はね、ミュンヘンからベルリンまで飛んだとき、若い女性といっしょになってね。飛行機が着陸するために降下しはじめたとき、ぼくらはキスしたんだ。着いたら、男が彼女を待っていた。ぼくらは別れたさ…..」
 そのときわたしは猛烈に嫉妬したわ。その女性になりたいと思ったわ。見知らぬ仲という神秘性に包まれて彼がキスをかわしたその女性に!
 M・シャプサル編著『嫉妬』
 
たしかに、女性が持っている二つの正反対の欲望、”彼に自分のすべてを知ってほしい”と”彼にとって見知らぬ人でありたい”は、いつも無意識のうちに一方を押しのけて表に飛び出そうと機会をうかがっている。だれでも経験することだが、もし知らない同士だったら、ちょっと手が触れただけでもビビッとくるのに、いまや愛し合っているのに、手をつないでも親愛の情しか湧き起こってこない。なんと不合理なことか。でも、人はいつまでも見知らぬ同士でいるわけにはいかない。もっと親しくなるか、忘れ去られるかのどちらかしかない。
 おそらく嫉妬というのは、ある対象に対して湧き起こるというよりも、自分が相手に愛されながら、同時に見知らぬ人であり続けることができないというどうしようもなさに起因しているのではなかろうか。両方とも得ようとすればつねに相手を変えるしかないのである。


note:
マドレーヌ・シャプサル『嫉妬』サンリオ文庫(1984年)
マドレーヌ・シャプサル『嫉妬する女たち』東京創元社(1998年)