2011 週刊文春 3/24号

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週刊文春 2011年3月24日号

文春図書館 活字まわり
「世界の全ての記憶」 植島啓司 3

「私をお捜しですか?」
「楽しみたいの」
「誰と?」
「気に入った人となら誰でも」
「なんてことだ!」伯爵は思わずぞっとして叫んだ。
「身を滅ぼしますぞ」
   ボネ&トックヴィル『図説 不倫の歴史』より
 これは道徳的に退廃した18世紀フランス社交界での会話なのだけれど、当時の貴婦人たちの道徳心のなさ、開き直った態度、図々しいほどの奔放さをよく表している。一夜限りの情事を楽しもうとした伯爵でさえたじたじといった感じ。自分の浮気は別にして、彼女に警告を発する始末である。もしこのことが他の人にばれたら大変なことになりますぞ、ましてや夫君に知られるようなことがあったとしたら身を滅ぼしますぞ、と。しかし、それにも彼女は平然と答える。
「あら、平気よ!中途半端な罪は命取りだけれど、徹底すれば大丈夫でしょう。みなさん、お信じになられないもの・・・・・」
 この時代はサドやレチフ・ド・ラ・ブルトンヌらが活躍し、ラクロの『危険な関係』(一七八二年)という時代を象徴する傑作が生まれたことでも知られている。
 もちろん、いつの世でも、貞淑な女性と奔放な女性がいたことは当然のことだけれど、それにしても、いつから女性がこれほど大胆になったのだろうか。
 たしかに男の不倫はすぐにばれるが、女の浮気は秘密裡に進行し、自分から明かさない限り滅多にばれることはない。というのも、女は、自分の夫は必ず浮気するものだと思っており、男は、まさか自分の妻に限って絶対に浮気なんてするはずがないと思っているからだろう。まったくおめでたいことである。


図説 不倫の歴史―愛の幻想と現実のゆくえ

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