2013 みえアートプレス vol. 6

 

ma_20130814_4
アート&カルチャー情報誌
Mie Art Press みえアートプレス
vol. 6 2013. 8- 11
発行: みえミュージアム活性化事業実行委員会
   (三重県環境生活部 文化振興課)

ma_20130814_5ma_20130814_6



P1- 4

Interview
日本人の根本、芸術の根本が三重にある
― 式年遷宮の伊勢と世界遺産の熊野への想い ―

世界でも例のない聖地が密集した日本
 日本の聖地の特徴は、水の流れ、海や川、禊ぎというものがとても大きな役割を果たしていることです。海外でも、例えばインドではガンジス川に入って沐浴をしますが、日本では海や川、滝などでの禊ぎが列島全体で行われています。日本は聖地が密集していて、列島の背骨に沿って多くの聖域が並んでいます。僕は世界の100ヵ国以上の調査に行きましたが、聖地がこんなに多いところは世界でも例がありません。
 キリスト教やイスラム教など一神教といわれる宗教では、それ以前の宗教を全て破壊して、その上に新たな聖地をつくるので、周辺にほかの聖地はなくなります。一方、日本やネパール、ブータン、インドなどは、以前の宗教も習合化して残す傾向にあるので、祠や塚など聖地が増えていくのです。
 日本でも海外でも、聖地は山岳地帯と海が出会う場所にできやすい。砂漠などには聖地が少なく、山がそのまま海と激突しているようなところに聖地ができやすいのです。しかも日本では東側に神の国があるという信仰が、北海道から沖縄まで全国にあるので、日本の聖地はだいたい東側を向いています。だから紀伊半島の東側は聖域ができる独特の地形だと言えます。

宗教の最古の形が残る「熊野」、神様が格闘した軌跡
 熊野は宗教の最も古い形が残っている、日本でも特別な聖地のひとつだと思っています。熊野では自然の上に、磐座(いわくら)や神籬(ひもろぎ)などさまざまなものが時代を経るごとに増えていき、それらが全部残っている。自然の上に古いものが重なり合って残されているのです。そういう意味で、神様が動いた軌跡が生のまま見てとれる。それが熊野の魅力です。
 熊野が世界遺産に登録されて来年で10年になります。高速道路が通るなど、周囲の環境が変わっていくことについては複雑な感情もありますが、いろいろな人たちが熊野を訪れるようになるのはとても大切なことです。一方で、行きにくかったからこそ熊野の良さを維持できたと思うので、それは損なわれないようにしてほしいものです。観光産業が一概に古いものを壊すということではないと思いますので、その点に知恵を絞ってほしいと思います。
 10年前と今とで違うところは、地元の人たちがそれまでは当たり前のこととして熊野を守っていたのが、世界遺産に登録されたことでそれが明確に意識化されたということ。僕が調査に行くと地元の人は「熊野ってそんなにすごいところなんですか?」という感じなんですね。それは厚い信仰心が日常的になるくらい、信仰というより習慣に近い形で熊野を守ってきたからなのでしょう。信仰というのは、脳の上位部分を使った高尚なことのように思われがちですが、暮らしの中でしっかり身についたものが、本当の信仰だと思います。

人がつくった最高峰の聖域「伊勢」、遷宮は日本人の美学
 伊勢は熊野とは違い、「手つかずの自然」ではないという感じがあります。伊勢の周辺は常緑広葉樹林が広がっていて、本来、針葉樹の杉が生えているような場所ではありません。ところが、伊勢では僕らが歩くところだけは杉並木で、それ以外は全部広葉樹。これは聖地の多くが山の中で、杉などが生えている場所にあるから、訪れる人びとに同じような感じを与えようという仕掛けなのかもしれません。
 ドイツの建築家ブルーノ・タウトが伊勢に行った時「言語を絶するほどの感銘を受けた」という有名な言葉を残しているように、伊勢は、非常によくつくられた、人間がつくった最高峰の聖域という感じがしますね。
 今年は式年遷宮の年ですが、遷宮は日本人の美学です。日本人の美意識に「流れ」があります。川や水そのものに何かがあるのではなくて、流れているということに重要性を見出すのです。遷宮も全く同じで、20年に一度遷宮する、建物は何百年でも保てるのにつくり直すというのは、始原の時を呼び起こす、それを繰り返すという行為です。
 永遠という概念でも、パルテノン神殿などは石造りだから耐久年数が高いといわれますが、いつかは滅びるわけです。でも「繰り返される永遠」は滅びることはなく、建物が壊れようが滅びようが、繰り返される限りは永遠なんです。
 多くの祭りの元々の意味は「始まりの時を繰り返す」ということで、遷宮にはそれを目に見えるように物質化して伝えていこうという意図が見られます。この時期にお参りに行く価値は大きいですね。

宗教人類学者もアーティストも魅かれる三重県
 日本で三大聖地といえば、出雲、熊野、伊勢です。そのうちの2つが三重県にあるのですから、もともとすごいところなんですね。明治以降、神仏分離などさまざまな宗教に対する制約がくわえられ、日本の宗教は大きく性格を変えました。この100年で失われたものはたくさんある。でも、それらが完全に姿を消す前に、何とかしたいと僕らは調査しています。文献だけではなく、足で歩いて目で見て調査しています。
 三重は、アーティストや建築家などのクリエーターが魅かれる土地だと思います。作品の題材にするのではなく、アートとは何か、環境とは何かを考える時に、最も重要な場所なんですね。伊勢のように非常に手の込んだ繊細な方法というのは誰にでもできることではありません。そしてそれはアートの基本です。
 単に小手先のことではなく、「人間の造るものは一体何か」ということを考えさせられる場所なのではないかと思います。
 日本人の根本、芸術の根本が、三重にあると言っても過言ではないでしょう。

PDF(1)表1・表4
PDF(2)p1- p2
PDF(3)p3- p4


関連キーワード