週刊文春 2011年11月10日号
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「世界の全ての記憶」 植島啓司 10
フランスの女性ジャーナリスト、アニエス・ジアールが書いた『エロティック・ジャポン』がおもしろい。外国人、それも女性から見た日本のエロティック・カルチャーのルポルタージュというわけだから、おもしろくないはずがない。どれもこれもおもしろいのだが、彼女は、日本ではまったくおかしなことに「いたずらに性欲を興奮または刺激させる」ものとして、性器の露出にはやたらとこだわるくせに、ロリコンとかSMとかブルセラとかについてはほとんど野放し状態だとして、やや憤慨もしている。
男性のペニスや女性のクリトリスというものがどんな形をしているのかを知ることは、この国では不可能なのである。ところが、蛸足怪獣にレイプされている女子高生や、居間で排便する一家の母親、患者の臀部をピンヒールで踏みにじる看護婦といったイメージは、いとも簡単に目にすることができる。まるで茶番劇のようだが、これは決して面白がるだけですまされる茶番劇ではない。
たしかにそのとおりで、こうしたことは西欧的な考え方とは相容れないものだろう。でも、よく考えてみると、みんな同じではつまらない。むしろ、欧米が眉をひそめるものにこそすごいパワーが含まれているのかもしれない。そういう意味では、いまや日本のAV業界は世界でも突出しているのではないか。なんとSOD(ソフト・オン・デマンド)社だけで毎月二〇〇本近いAV作品が発表されているという。すごい数字だ。いったいだれが毎月二〇〇本近いエロDVDを見るというのだろうか。それもSODただ一社だけの数字で、全部合わせたらどうなるのかまったく見当もつかない。
明治維新以来、西欧の猿真似ばかりで、果たして日本の文化はどうなるのかと心配する向きもあろうが、どうかご安心を。これからの日本のポップカルチャーの未来は決して暗いものではない。AVよ、アニメに負けるな!
note:
アニエス・ジアール『エロティック・ジャポン』河出書房新社(2010年)